同情するなら(ry

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1391165.html
ハイチ地震被災者に千羽鶴を送ろう!活動がmixiで広がる
 
気持ちはわかる。
分かるが、現地の状況とかを考慮した現実的な行動とは思えない。
現地に飾られても、衣食住や医療やインフラなどの復旧整備の実効的な役割も果たせないだろうに。
千羽鶴を折って集める労力を、毛布や水や医薬品、育児用品などを集めて送ろう、という方向には向かないのかな。
 
色鮮やかな千羽鶴が小奇麗な病室の傍らに飾られ、笑顔の親子がそれを眺めている画が見られれば満足なんだろうか。
何も行動しないよりはベターという意見もあるだろうけど、現地を無視したこういう行動こそ、この災害を他人事として見ている証拠じゃないのかな。
 
むしろこれから修羅場の現地へ赴く自衛隊員達へに折ってあげたらどうだろう。
 
(以下本音モード。了見狭い人はご遠慮くださいw)

本気モードの論議になると面倒なので非表示にしておいた。
  
こういう発想の違いが男女の脳の構造の違いなのかもね。
私は、現地の情勢が落ち着くまで待ってまで千羽鶴を送るより、即効性のある実効的で現実的な支援行動を今すぐとるべきだと思う。
千羽鶴に気持ちを込めて送る、というのはとてもキレイで素敵に聞こえるが、突き詰めれば自己満足だろう。これに参加している人はどう考えているのか・・・。元記事には親子で実名出して取材に応じてるから全く純粋な気持ちで参加しているのだろうけれど。
 
自分達にできることがないから、せめて・・・という事なのかもしれない。それなら、晩御飯のおかずを一品減らして赤十字なりユニセフなりWFPなりで募金する手もあるじゃないか。減らした分の空のお皿を子供に見せ、「この分はハイチで困っている人たちに送ったよ。今日は少し少ないけど我慢しようね。」って言ってあげれば、子供の心にも少なからず残るだろう。
他人を支援する余力が本当に全くないなら、きちんと関係機関で生活支援の手続きをしてきてくださいね。
 
そもそも、自分たちにできることがない、というのは言い訳だ。調べれば直ぐに見つかるじゃないか(mixiで広がってるって事は、みんな通信インフラ持ってるって事だろう)。もし万が一「千羽鶴折ってる私って素敵!」みたいな自己陶酔なのであれば、もうお手上げだw
 
 
「家族を失った人たちに1人じゃないことを伝えたい」
明日の朝を迎えられるか分からない負傷した被災者にそれを伝えたところで、傷を洗ってあげることも、一粒のご飯を口へ運んであげることも、日除けを動かしてまぶしくないようにしてあげることも出来ない。結局「伝えた」って事に満足するだけなんだろうね。